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鈴木無花果さんが雑記するようです。

小説をアップする場として利用するつもりです。

【小説】 擬態と変態

 髪はネットでまとめて頭頂部にピンで留める。ウィッグの前端と髪の生え際を合わせて、ネットの上から後頭部まですっぽりと覆う。櫛でなじませて、仕上げに耳の後ろあたりにウィッグと地毛にまとめてピンを差す。

 今日は一番気にいっているキャラメル色のショートウィッグをつけた。毛先が少し跳ねたそれは短いけれどボーイッシュ過ぎないところが良かった。

 ベースは陶器肌、眉は太め、アイラインかっちり、リップは内側から馴染ませたくらいにして。2時間かけて化粧をして、目がちかちかするような色味の洋服を着て鏡を見れば、普段の自分とは全く違う、新しい自分がいた。

 

 

***

 

 髪なんて適当にまとめておけばいい。白いシャツに茶色のカーディガンを羽織る。月曜日。元の自分へ戻る日。

 いつ頃からか、週末だけ擬態をするようになった。普段は関東の外れで冴えない大学生。土日の少なくともどちらかは都心まで脚を伸ばして街を歩く。洋服を買う。カラフルなお酒を飲む。

 きらびやかな東京の街並みを歩くのが好きだった。下品な色合いの看板が立っていて、たくさんの人がきれいな服を着て歩いている。自分も特別にきれいな格好をしているのだけど、それがこちらの人にとっては普通なのだ。それがなんだか不思議で、心地よかった。

 

 金曜日、大学のキャンパスで昼食を食べていると、友人が私の顔を見つめてきた。

「今日顔濃くない?」

「え、そうかな」

 翌日からに向けて、というわけではないけれど、金曜日には少し化粧を濃くしていた。それでも週末の半分も重ねていない。

「誰が見てるわけでもなし。むなしい奴め」

 この調子で明日の私に出会ったらどんな顔をするだろうと思った。しかし友人の言うことももっともで、こんな田舎であまりに派手な格好をしていても周りにそぐわないし、逆に滑稽に映ってしまうだけだ。周りを見渡しても歩いている学生たちの髪は軒並み真っ黒か、ムラだらけの汚い茶髪。

 しかし、我慢ができなくなってきているのも事実だった。

 自分で言うことではないけれど、週末の自分は、少なくとも平日の自分よりはきれいで、華やかだった。せっかくきれいになったのに、それを周りを考えてだとか、そういった理由で隠すことに疑問を感じるようになってきていた。

 

 少しずつ、着ている服に入る色数が増えていった。そうしよう、という明確な意識があったわけではなく、ふとクローゼットから出した服に明るい色が増えてきたのだ。普段の化粧もだんだんと濃くなっていった。時折友人にたしなめられながら、それでも私は単純に、きれいな自分でいたかった。

そうしてついには、平日もウィッグをつけるようになり、もとの黒い髪でいる日はほとんどなくなった。

 だから、髪を切ることにした。

 

 安直に原宿のサロンを予約した。ウィッグを被っている時の自撮り写真を見せて、こんな感じにしてください、と言った。一番気にいっているショートスタイル。キャラメル色。適当に会員の登録なんかをして、シャンプーをされて、アシスタントのお姉さんに指示されて大きな椅子に座ると、目の前の鏡に自分の姿が見えた。黒い髪が少し肩にかかっている。

 髪の毛に櫛が通って、次いではさみが入っていく。はじめジャクジャクとしていた音は、すぐにシャキシャキと上品なものに変わっていく。カットが済むと、髪に薬剤が塗りつけられて、30分ほど待ってから洗い流す。濡れたこげ茶色の髪にドライヤーがあてられて、キャラメル色が見えてくる。最後にもう一度はさみで細かい部分を調整する。スタイリングもお願いした。

 出来上がりは申し分なく、むしろ地毛特有の自然な風合いが出て、ウィッグよりも洗練されて見えた。代金を払って外に出ると、なんだか頭が軽かった。髪の量が減ったのだから当然だ、と思って少しだけ笑った。

 

***

 

 一カ月、新しい髪型と、新しい自分との出会いを喜んだ。けれど、また美容院で髪の毛を染め直したときに、妙な違和感に気がついた。ひと月前の髪の毛はもっときれいだった気がする。何が違うのか分からないけれど。

 それから週末ごとにいくつもの違和感と出会った。きれいな服にも何故かピンとこないし、きらきらしたカクテルは甘すぎて、飲んだ後にミネラルウォーターを頼んだ。

 腑に落ちないまま歩いていたら、ここのところ行っていなかった行きつけのウィッグ専門店の前にいた。

「あれーっ、おひさしぶりです。今日は地毛ですか?」

「そうなんです」

「良いじゃないですか~~!じゃあ今日は気分を変えてこんなのはいかがですか?」

 そう言って店員が差し出したものを見て、ああなるほど、と思ってしまった。

 私はきれいな自分でいることを求めていたわけではなかったのだ。ただいつもと違う、特別な自分に出会いたかっただけなのだ。毎日が特別、なんてそんなもの、「普通の毎日」と何も変わらないじゃないか。

 真っ黒なウィッグを受け取って、笑うことしかできなかった。

 

 おしまい